2人―最終話 「その手に掴んだもの〜恵那編」

 

 

 12月。演奏会シーズンを迎えたイベントに満ちた熱い、そして空気は冷たい季節。私は練習室のピアノを一人たたいていた。まだ昼間っていうこともあってか、演奏会用の曲は合わせる相手がまだ来ていないので楽譜は閉じられたままだ。私が弾いているのは・・・・・・。

「この曲、すごく好きなんだけどなぁ、合奏披露したかったなぁ」

雄介くんと合わせていた曲だ。ピアノで合奏しようってことになって、2人で練習してた。練習によく来るせいか、抱える曲が多い私たちは曲の完成を無意識に急いでいたような気がする。雄介くんがサークルを抜けたあの時にはすでに仕上がっていた。せつないメロディーが一人で弾いていると、曲としては足りないのに、広い練習室に私一人だけがいるせいか余計に悲しげに響く。

「雄介くん・・・・・・」

忘れられれば楽なのに。どうしても忘れられない。会いたい、けれど校舎が違う、学部が違う私たちでは普通に会うことはできない。向こうの校舎まで乗り込むか・・・・・・それにしたって大きなうちの大学だ。簡単に会えない。連絡がとれればいいんだけれど、メールアドレスは変えるからって、彼女さんと約束したからって言ってたし・・・・・・。

「電話・・・・・・」

電話番号は変わってない。でも、かけて彼女さんに見つかって面倒なことになったら可哀想だし・・・・・・。クリスマスに演奏会があるんだよってことを知らせるだけでいいから、せめて演奏聴いて欲しいとかそんなことが頭をよぎる。

「・・・・・・あ!」

Cメール。その機能に気付く。私と雄介くんの携帯は同じ会社のもので、電話番号でメールが送れる機能があったのだ。もっともそっちを使うことなんてほとんど無いんだけど。

「一か八かよね」

私は思い立ったら即行動、そんなちょっと前までには無い行動力というべきか――それでも消極的なんだけど――Cメールを送った。

「見てくれますように・・・・・・」

ただ、静かにそう一人で祈りながら、私はまたピアノをたたいた。

 

 

「ここの部分なんだけど・・・・・・」

ある映画の曲の合奏で指揮者と話し合う。私はピアノ譜ではなく全体のアンサンブル譜を見ながら考えた。

「どうしてもここには強弱が必要だと思うの。チェロとクラリネットで静かに入ってから弦楽器全体と金管楽器組を入れればそれだけで大分派手な演出ができるんじゃないかな?」

私は思ったとおりのことを告げた。演奏形態が少し変わるわけだから無理なお願いともいえるけれど・・・・・・。

「でも今までと変わるし」

「私としては曲の表情を大事にしたいの」

音楽性を重視したい、私は譲らない頑固娘といったように仁王立ちでそう言った。

「僕らが入る部分を変えるだけだしできるよ」

「指揮者が合図出してね〜」

金管楽器担当の男の子たちが笑顔でそう答える。さすが経験者上がりの実力者といった感じであっさり変更する形で進んだ。

「でもさ」

クラリネット担当の女の子が微笑みながら私を見る。

「恵那がこうやって自分の思ったことを直球に告げるようになったのは良い傾向だよね」

「え? そう?」

「そうだな、恵那ってあんまり意見言ってくれなかったから、こうやって言ってくれる方がいっしょにやってる仲間としては嬉しいよな」

嬉しそうにみんながそう言ってくれて、私も嬉しくなる。たしかに前までなら周りの様子を伺ってるだけでこの曲はこうしたい! なんてとてもじゃないけど言えなかった。それによって満足いかない出来となったものもある。静かに従ってる方が周りにとってもいいんだって思いこんでたけれど、そういうわけでもないみたい。お互いが大人になってくると、こうやって言い合って意見をぶつけ合った方が良い関係もつくれるんだってことを最近学んだ気がする。そのおかげか、最近は孤独を感じることも少なくなった。あの、昼間一人で練習室にこもって練習している時は別だけれど・・・・・・。

「じゃあそれで合わせてみよう! 絶対良い出来になるから!」

私がそう言うと、みんなが“は〜い!”と元気良く返した。指揮者が構えてみんなも準備する。私もピアノの前で深呼吸をした。そして演奏、練習は夜遅くまで続いた。

 

 

「よし、じゃあ今日はこんなもんかな。この調子で今日変更したとおりの楽譜でやろう」

何回もあわせたり部分練習した後指揮者の子がそう言って締めた。

「了解♪ よしっ! 飯食ってかえろ〜」

「あ、俺も行く〜」

曲仲間たちがそれぞれ帰りの支度をする。疲れているはずなのに笑顔は相変わらず爽やかなものだ。みんなそれだけ一生懸命やってるってとこかな。

「恵那、まだ帰らないの?」

ピアノの前で楽譜を広げている私を見て友達がそう言う。

「う、うん、もうちょっと弾きこんでいきたいから」

「ひゃ〜、恵那の熱心さには感心するよ〜」

大げさに言う周りに思わず笑う。そう言うみんなだって連日遅くまで残って練習していることには変わらないのに。たしかに私は最後にここを出ることが多いけれど。

「じゃあ恵那、先帰るね、また明日よろしく〜!」

「はい、お疲れ様でした〜」

手を振って仲間たちと別れる。そうやって時間も過ぎていって最後には私一人になった・・・・・・。

 

 

――ポロン・・・・・・。

ピアノの音が寂しげに夜の静寂の中響く。

「・・・・・・・・・・・・」

楽譜を閉じて目も閉じた。深呼吸をして両手を思いのまま動かす。誰も知らない曲。私も知らない曲。自作の曲っていうほど大層なイメージはない。ただ思いを語らずピアノで鳴らしているだけ。せつないメロディーが紡ぎだされる、私の心の詩とともに・・・・・・。

 

  思い出すあなたの笑顔

  ひとつひとつあなたが奏でた音

  あなたが口にした言葉

  全てがセピア色に変わろうとも

  私の中で鮮やかに輝いている

  いつまでも変わらない

  私の中にいるまぶしいあなた

  たとえこの想いがあなたに届かなくても

  私はあなたをいつまでも想い続ける

  私のこの想いは

  あの星のようにきらきらと輝き続ける

  ずっと、ずっと・・・・・・

 

パチパチ、と音がした。私はハッとして立ち上がった。

「綺麗な曲だね、恵那」

「雄介くん」

手を静かにたたいて、拍手を送ってくれたのは雄介くんだった。頬は蒸気していて、息も乱れている。それだけで彼が走ってきたことがわかった。

「メール、きたよ」

「あ、ごめんね、急に・・・・・・」

「ううん、嬉しかった」

雄介くんは息を整えるように深呼吸して私の横に来た。私の肩に手をのせて、下に力を加えて私をイスにそっと座らせた。

「ああ、恵那はきっと今も練習してるんだろうなって思って、なんか気付いたら走ってて、ここまで来ちゃった」

雄介くんの体温が彼の手から私の肩に伝わる。それだけで心拍数が上がる。でも、それは心地よい音色のように感じた。

「ここに来る前に、彼女と話した」

「え?」

悲しげなような、それでも穏やかに雄介くんは話し始めた。

「・・・・・・分かり合えなかったんだ俺ら」

「分かり合えなかった?」

意味がわからず私は首を傾げた。雄介くんは静かに頷いて、悲しげな笑みを浮べた。

「サークルやめて、それ以外は普通に過ごしてた。気が強すぎるけど好きだと思ってたから、いっしょにいて楽しかった・・・・・・はずなんだ、でも」

雄介くんは目を閉じて、溜め息をついた。

「やっぱり、おかしいって思ったんだ。俺がピアノ弾かないなんて・・・・・・ある意味中毒だったのかな、俺言ったんだ、『ピアノが弾きたい』って、みんなと曲をつくりあげたいって」

「彼女さんはなんて?」

「・・・・・・またそう言う、って嫌そうに言った。独占欲が強いっていうか、それはそれで嬉しいところもあったんだけど・・・・・・俺はピアノ弾いて、一生懸命打ち込むものがあってはじめて俺なんだ」

雄介くんは穏やかながらも芯の強い様子でそう言った。目線がどこいってるかは微妙にわかりにくかった。ううん、もっと遠いところを見ていたのかな。

「だから、そういう俺を受け入れてくれないっていうのは・・・・・・あの人は俺が好きなんじゃないって。だから・・・・・・別れてきた」

雄介くんはごまかすように笑った。きっとそれは雄介くんにとって辛い選択だったんだろう。彼が彼女さんを大事にしてるのは知ってたし。

「今日からまた“俺”に戻るよ。どうしても俺、ピアノが弾きたい、音大とか芸大生じゃないけれど、俺の夢は音楽家だから」

生き生きとした、輝くような目で雄介くんはそう宣言するように言った。夢を追いかけてる人、それはとても素敵だなって思った。

「今からじゃ演奏会には間に合わないかと思うけど、明日部長に入部届けも出すし・・・・・・恵那、また俺と合わせてくれる?」

雄介くんが前いっしょにいた時しょっちゅう見せていたおねだりする子供のような目で私を見ながらそう言った。

「うん、もちろん! ね、あの曲ならきっと間に合うよ」

「あ、あれか! 俺あの曲気に入ってたんだよな! まだ暗譜してるんだ! ね、弾いてみない?」

雄介くんがすごく嬉しそうに、もうひとつのピアノに座った。私はその様子に笑みをこぼしながら、指を鍵盤に添えた。

「じゃあ、いくよ〜」

「おう!」

曲が奏でられた。久しぶりに合わせたからずれるところもあったけれど、せつないメロディーはとても優しい音色だった。

 

 

 Dear 息吹

 

 お元気ですか?

私は演奏会にむけて猛特訓です。急遽ひとつ曲が増えたからです。

毎日朝練して夜遅くまで練習に残っているというスケジュールはなかなかキツイです。でも、問題なしです。

だって、一番大好きな人といっしょに練習しているのは何よりも楽しいです。

合奏も白熱してて、みんなで曲をつくるたびに得るわくわく感が何とも言えず好きです。

自分の意見をはっきり伝えることで毎日が前より楽しいものになりました。

意見を言う時仁王立ちになるんだけど、あれってもしかして息吹ちゃんの影響だったりするのかななんて思っちゃいます。

息吹ちゃんもあまり無理せずがんばってね! いつでも応援しています!

いろいろありがとう!

あ、うちはクリスマスに演奏会なんです、良かったら聴きにきてくださいな、洋楽器も素敵ですよ。

 

From 恵那

 

これはピアノを愛する孤独を恐れて人に上手く自分の思いを伝えられなかった女の子のお話・・・・・・。




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