2人―第4話 「立ち向かう時〜息吹編」

 

 

 初めて会った女の子――恵那に自宅で話した日から3日の日が過ぎた。私は放心状態のような感じでその時間を過ごしていた。サークルは、三曲は、私にとって重荷なんじゃないかとか圧迫されてるんじゃないかとかいろいろ疑問に思ったりして・・・・・・三味線の練習も手につかない。いや、もちろん練習はしているが身に入らないといったところか。

 

「いっちゃんまたね〜!」

「明日の授業で〜」

「ああ、明日」

今日の授業も終わり、日も暮れてきた。帰ろうとしたその時・・・・・・。

「あ!」

「あ・・・・・・」

・・・・・・最も会いたくない人物と遭遇してしまった。

「草野・・・・・・せん、ぱ、い」

先輩という単語に詰まる。先に生まれた人、いや、学生だと学年で見るか・・・・・・少なくとも私はただ上の人に先輩なんてつけてるわけじゃない。尊敬できる、信頼できる上の人に“先輩”とつけているだけだ。まあ、最も音系の仲間だとさんづけだけどそれも信頼あっての敬称だと認識している。だが、ここは大学、私は学生。そして私は三曲研究会の部員だ・・・・・・その責務という意識が私に理性という制御をかける。ここで憤りを顕にするのはあまりにも幼稚だ。

だけど・・・・・・

「平生さん、ちょうどよかった、話したいなって思ったことがあったんだけど」

ちょうどよかった? ふ〜ん、一体なんだというわけ?

「そうですか、まあ私も言っておかないといけないのかなと思ったことはあります、手短にお願いできますか? 私三味線のお稽古がありますので」

確かに憤りを顕にするのは幼い。だが、こんなに勝手なことをされ迷惑を受けたことは事実だ。あまりにも穏やかな態度で接するのも矛盾を抱える。“三曲研究会次期部長”と称される私の役目からは・・・・・・。

「あ、うん、じゃあ下の学食で・・・・・・」

私の冷静な口調でも刺々しい態度、それに対し怯えたのか、草野の表情はひきつっていた。

 

 

「話というのは一体何です?」

「うち尺八のサークルたてたじゃない? でも新設したばっかりだし、箏の賛助とかも必要かなって日向さんにメールしたんだけどそれは返答しかねますって返ってきちゃって・・・・・・日向さん2年生だし、もしかして平生さん何か言ったのかなぁって」

草野が私の機嫌を損ねないようにへらへらとした笑顔でフレンドリーを装ったように話す。だがそれが私の神経を逆なですることに気付かないとはひとつ上だというのに浅はかなものだ。

「それは日向さんの意向でしょう。私は最近は日向さんとは合わせたいのはやまやまなのに授業の関係で合奏できてませんから」

私はペットボトルのお茶を一口飲んで、あくまで冷静に感情を表に出さないようなトーンでそう返した。

「え、え〜?」

「変なことをおっしゃいますね? 私があなたの行為を気に入らないからあなたを排除するようにうちの学年の子に命じたとでも?」

「え、いや・・・・・・」

草野の顔に焦りが見える。私は良く言えば温厚、悪く言えば消極的な三曲の仲では異例といえるほど攻撃的な性格といえる。その私が怒ればどれほどなのだろう。気が強い方だが私はまだキレたことは無かったな。

「あなたの行為ははっきり言って私たち全員が“余計なことをした”極論“迷惑”と認識致しました。もう私たちが助けてくれるということを期待なさらない方がよろしいですよ?」

私がめがねを拭きながらそう言うと草野がガタッと立ち上がった。

「な! 何なのさ!! あんたといい他の3年生といい!! 私が悪いことしたみたいなこと言って!! サークル立ち上げるのなんて自由でしょ!?」

「・・・・・・誰も悪いとは言っていません。迷惑だと思ったと言っただけです」

こうも簡単に怒って、しかも怒鳴ればいいという安直な目の前の1つ上の人間に呆れて、私は座ったままそう言った。

「他の関係ない人間が尺八のサークルつくってもあんたたちは何も言わないでしょ!? 邦楽系が嫌なんだって思ってピアノとか何でもありなオールラウンド系音楽サークルにしようって案を一昨日出してやったのに!!」

「関係無い人間が、ですか。あなたが迷惑というのはうちの部員を勝手に連れて行ってあげくうちの部員に賛助を頼むとか独立しきろうとしないから迷惑だと言っているんです」

「な、な、何よ、楽しくやれればいいっていうだけなのに!!」

草野の怒り方は大学3年生とは到底信じられないぐらい幼い。私は呆れて思わず溜め息をつく。

「そうですか・・・・・・公認サークルにしようとお考えだったのでは?」

「そ、そうよ!」

「“楽しくやれればいい”と・・・・・・」

「当たり前でしょ! サークルなんだから!」

「たしか部長に“上下関係のしっかりしたサークルがいい”とかこぼしていたようですね?」

「当たり前でしょ!? あんたたちはなぁなぁでいいみたいなそんなノリが嫌なのよ!!」

“当たり前”を連呼するわりに理屈に矛盾が生じていることに半ばおかしくて思わず笑ってしまう。だが私の笑顔はさも皮肉な表情なんだろうなと思った。

「では三曲でのあなたは私たちのやり方が嫌だと何故しっかり言わなかったのですか?」

「それは、その・・・・・・」

「上下関係、そんな体育会方式な感じにあなたが去年3年生だった先輩や4年生だった先輩を扱っていたようには見えませんでしたが?」

草野が面白いほど言葉に詰まっていた。矛盾があるんだろう、自分を正論にするのはたやすいが、それが正しいことには正直できるものではない。私だって正しくは無い。三曲が他のサークルと比べて練習や活動全体がいい加減なところはあるだろうしね。

「今移転問題などでサークルは大変な状況になってますが、あなたはそのサークルをつくって1年後、3年後、5年、10年後を考えてるのですか?」

「はぁ?? 3年後って私もう卒業してるじゃない! そこまで考えるわけないでしょ!?」

私がその言葉を聞いて机を片手でバンッと叩く。草野がビクッとする。私はトーンだけは崩さないようにと咳払いをした。

「あなたは基本的に自分のことしか考えていないようですね。“楽しくやれればいい”とは“自分が楽しいサークル”という意味なのでしょうね」

声のトーンは落ち着いているが冷たさのレベルが上がったと自分でもわかる刺々しい声、私は怒っていた。だから私の心はいわば氷だ。

「サークルといえどそれは立派な組織です。組織には規律があり、そして責務が自然と発生します。権利と義務が同時に存在するようにサークルを立ち上げるとしたら・・・・・・普通わかりませんか?」

私は黙ったままも草野を皮肉そうに、嘲笑うような目で見た。

「サークルを立ち上げる以上あなたはリーダーなんでしょう? なら心構えというか普通誰でもわかるようなことですがお教え致しましょうか、一応学年のリーダー務めてますんで」

さすがドSと評されただけあるなと客観的に自分の口の悪さに気付く。しかし、今の私に穏やかな海に戻れなんてことは通じない。

「リーダーは周りに気を配らねばなりません。自分が楽しく周りも楽しいならそれに越したことはありません。しかし、その理想状態は難しいものです。常に周りの状態を把握するのがリーダーの務めです」

これは私も大変だったところだ。草野はまあ上の学年だったが、同学年の子たちの練習状態、得意不得意、曲の趣味などいろいろなところに気付けるだけ気付けるようにした。もちろん全てに気付けたとは思っていない。私もリーダーとしては未熟だということは重々承知だ。

「組織のメンバーは全員そうですが自分の果たすべき責任をしっかり、一番背負うのがリーダーです。メンバー全員の責任を負うぐらいの覚悟が必要ですね。責任者ともなればその組織のために自分の時間をつぎ込むのもまた普通のことになります」

これに関しては我ながら忙しいリーダーもいるだろうし、全ては言いすぎだなとも思うが覚悟はそれぐらい必要だと思う。

「じ、自分の時間つぎ込むって、サークルだよ? おかしいと思わないの??」

「おかしい・・・・・・ですか」

「だってサークルは楽しむものでしょ? 義務じゃないんだから!」

「だからですよ。嫌ならやめればいいんです。それを背負ってでもやりたいと思うからやるものでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・」

草野が沈黙する。やはり権利の方しか考えない人だったようだ。私は・・・・・・義務の方に偏りがちなのかもしれないけど・・・・・・。

「ふぅ、時間が結構たちましたね・・・・・・私はお稽古があるのでそろそろ失礼させて頂きます」

私はそう言って立ち上がった。カバンを持ってその場を去る。

「平生さん」

「はい?」

「あなたそれで楽しいわけ?」

――そんな堅苦しい考えで楽しいの?

「私? 私が・・・・・・ですか」

――ちょっと辛いよ。責任重いし、大変じゃない? 自分の時間最近あんまりないでしょ?

「ふふっ、私か〜」

私は思わず笑う。皮肉でもない、自嘲的でもない。答えは簡単なことだ。なんで3日前から悲観的な考えしか浮かんでこなかったんだろう。いや、きちんと考えたから浮かんだのだ。この単純すぎる答えが。

「私三味線弾くの好きですもん。みなさんと合わせるのが楽しくて・・・・・・三曲の活動は、私のやらなければいけないことは辛くも感じますがそれを差し引いても私は続けたいと思うんです。だから・・・・・・」

――私は強くいなきゃいけない

――私はしっかりしなきゃいけない

――私はもっとがんばらないといけない

「だから、私は・・・・・・」

受けてたとうじゃない、その責務も。雑用とかそういう目に見える仕事じゃなくて精神的な責任だって、三曲に必要なら果たしてやる。

「私は素直にやるだけです。ただ三味線弾きたいから、みんなで楽しく合奏して楽しく三曲の活動をやりたいから、がんばるのみです」

答えは簡単だった。私が一番思ったことに忠実にやっていけば何も困ることなんてない。たしかに重荷なのかもだけど、でもそれは三味線を弾いてみんなで曲をつくりあげたいっていう心の底から湧きあがるような欲求があるからなんだもの。

「では、失礼します」

 

 

あっけにとられている草野を残して私は学食を後にし、帰路へとついた。おかげで夕日は沈みかけている。でも私は清々しい気分を感じた。草野言いたいことを言ったとかじゃなくて・・・・・・あの人が幼いぶん、単純な質問を投げかけた。おかげで核の答えが出せた。それだけは礼を言っておくことにしよう。今日は草野に立ち向かったんじゃない。私にのしかかっていた重い責任と戦った。勝ったんじゃなくて、和解したというべきか。責任はこれからも私に重くのしかかってくるだろう。でもそれと共存できる、その自信が今の私にはある。素直にやりたいことをやってれば。責任を果たせればそれがサークルでは許されるはずだ。

「素直にか・・・・・・」

紫色の空を見て少しせつない気分になったのか、足が止まる。

「宏史・・・・・・」

今は、ただ、あいつのことだけ・・・・・・。

 

 

『息吹せんぱ〜い!』

宏史・・・・・・。

『これからもがんばってください・・・・・・』

がんばるよ、私、がんばるからさ・・・・・・。

「会いたいよ、宏史・・・・・・」

 

誰も周りにいない帰り道でそう呟いた・・・・・・。

この先どうなるかは到底私にはわからなかった・・・・・・。





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