16章 友情と新たな決意


 

日も完全に沈み、訓練も終わり、ルーンに静かな夜が訪れた。月明かりとルーン特有の蒼い木々により、蒼い夜は相変わらず幻想的だったが、今夜は月の影響でやや紫がかっているようだった。それは、どこか落ち着かない気もした。
「・・・・・・」
深夜。ユウギリの部屋に黒のローブを頭からすっぽりとかぶった人影があった。ためらいがちにドアを開く。ベッドに視線をうつすと、ふとんが膨れていた。熟睡しているのだなと思われた。
「ユウギリ様・・・疲れてるんですもんね・・・」
人影・・・ルリは、悲しみを帯びた声でそう呟くと、忍び足でベッドに近づいた。そして、深呼吸をし、兄、サイから預かったナイフを取り出した。
「ユウギリ様・・・ごめんなさい!!」
ナイフを力いっぱい突き刺すために振り下ろす。それと同時にバッとふとんがめくり上げられ、ルリは手をつかまれた。
「え・・・?ど、どうして・・・!?」
「俺を誰だと思ってるんだよ?おまえの様子がおかしいことぐらいわかるさ」
手を掴んだのはナツキだった。思わぬ人物にルリは驚き、思わず声を上ずらせてしまった。
「おまえこそ何してるんだ?冗談にしろ物騒すぎるなこれは」
ナツキはそう言うと空いていた左手でナイフをルリの手から落とし、足で遠くに蹴り飛ばした。
「ここはユウギリの部屋だぞ」
「知ってる・・・」
「ここには普段ならユウギリが寝てる」
「それもわかってる・・・」
「今の攻撃が上手くいってれば・・・ユウギリがどうなるかもわからないわけないよな?」
ナツキの声に怒りが含まれているのは誰が聞いてもそうとれるだろう。
――――――――――ン!!
部屋に、屋敷に響いたであろうと思えるぐらい大きな音を発した。それは、ナツキが思い切りルリの頬をはたいた音だった。騎士として訓練された格闘戦士であるナツキに全力ではたかれては、魔術師であるルリが平気なわけはなく、吹き飛ばされてしまい、着地もできず、倒れた。ルリは痛みに頬を押さえたが、精神的な痛みの方が強いと思った。
『当然だよね・・・私はユウギリ様を・・・ナツキの従姉妹を殺そうとしたんだから・・・』
自分がやったことは完全な裏切り行為でもある。殺されたとしても文句は言えないだろう。ナツキが歩み寄り、ルリの胸倉を掴んだ。抵抗することもなく、ルリは次の攻撃を覚悟して目をつぶっていた。

「何で俺に何も言わなかったんだ!?」
ナツキの声はまだ怒りを忘れていないことがわかるものだったが、その内容にルリは驚き、目を開け、ナツキを見た。
「おまえはこっちに味方しようって思ったときからユウギリを殺そうとしてたのか!?」
「ち、違う」
「じゃあなんでユウギリを殺そうだなんてしたんだ!?」
「兄さんが・・・処刑されてしまうから・・・それを防ぐにはユウギリ様を殺さなきゃいけなくて・・・それで・・・」
「で、なんで俺に言わなかったんだ?」
「それは・・・」
「兄さん・・・それがサイ殿なんだね?」
ルリがハッとしてドアの方向を見る。そこにはユウギリが、シオン、レイ、ハヤト、ヘイナを連れて立っていた。
「ユウギリ様・・・」
「それは本当にサイ殿だったんですか?夢ではなくて?」
「夢なんかじゃない!だってこのナイフを渡したんだもの!」
シオンの問いかけにルリが声を上げる。兄が生きていたということを否定したくない、そんな心情が見て取れた。
「そうだよ、夢ではないよ」
ふわりと風が吹き、窓からサイが現れた。風の魔法で上がってきたようだった。
「失敗してしまったんだね、ルリ。でもルリには魔法があるでしょ?・・・こんな風に」
サイが手をユウギリに向ける。
「凍てつく氷よ・・・我が前の敵を貫け!!『氷の刃』!!」
「神よ!我らを守り・・・」
「土よ!!盾となりて彼の者を守れ!!『大地の盾』!!」
レイの呪文より早くルリの声が響き渡る。防御魔法に守られ、サイの魔法はユウギリには効かなかった。
「ルリ・・・」
「兄さん!止めてよ!!私はやっぱりユウギリ様に死んで欲しくないし傷つけたくないの!!兄さん、セレーネの人たちなら仲間に迎えてくれるよ!!だから兄さんもこっちで・・・」
「闇よ・・・我の呼びかけに・・・」
「兄さん!!」
サイが容赦なく、しかも高等魔法の呪文を唱えようとする姿にルリが悲痛な声をあげる。
「仲間になる気はないか・・・」
「敵とみなすしかないな」
ハヤトがそう呟き、ヘイナも同意するように剣を抜き、構える。
「白き聖者よ!まやかしの術を破れ!!『白き光』!!」
ユウギリの魔術にサイの姿が揺らぐ、霧のような残像へと変わると、その姿は消えていった。
「これは・・・」
ハヤトがひらりと舞い落ちた札を拾う。
「幻覚?」
「幻術だよ・・・」
ユウギリがハヤトから札を受け取り、静かにそう言った。
「幻術・・・?ルリ、見破れなかったのか?」
ナツキの問いかけに呆然としたような表情で物語るルリ。どうやら幻術だということに全く気付かなかったようだった。
「ルリにも無理だろうね・・・僕も幻術とはわからなかったから・・・」
ユウギリは札を見ていたが、どこか遠くを見ているように皆の目に映った。
「でも解除の魔法使ったんじゃ・・・」
「一か八かだったよ。よくできた幻術だね」
「じゃあ・・・私は・・・幻術なんかに惑わされて・・・もう少しでユウギリ様を・・・」
ルリはかなりショックを受けているようだった。罪悪感にもつぶされそうな弱々しい声で呟く。
「ハヤト、ルリの処遇はどうするんだ?」
「そうだな・・・ルリ?さっきの言葉は本当だよな?」
ハヤトは、ヘイナの言葉に頷き、ルリに問いかける。
「え?」
呆然とした表情でハヤトを見るルリ。
「ユウギリのこと殺したくない、傷つけたくないって・・・」
「はい、本当です・・・今更言ってもいい訳にしか聞こえないと思いますが」
「だってよ、采配は俺じゃなくてユウギリ、頼むわ」
「じゃあルリはこのまま仲間でいいんじゃない?僕は構わないんだけど」
ユウギリの言葉に一同頷く。意外そうな顔をしているのは当のルリだけだった。
「でも私は・・・」
「采配には逆らうなよルリ、おまえはこれからもこっちで戦っとけってわけだ。異論あるのか?」
「だってナツキ!私のしたことは・・・」
「未遂だったんだし、騒ぎにならなかったっぽいからいいんじゃん?」
飄々とした風に答えるナツキに戸惑いを隠せない様子のルリ。
「この件はこれきりで終わりだよ。当事者の僕が言ってるんだから・・・」
「なんでですか?なんで・・・そんなにみんな優しくできるんですか??」
ルリの問いかけに一同が視線を絡ませあい、笑顔で頷きあった。
「『俺たちを誰だと思ってるんだよ』」
全員の声が重なる。ルリがその様子をポカンと見ていた。
「俺たちはな、ちょっと道を誤ったからって罰したりはしないんだよ。志がいっしょなら仲間だ。俺はそう信じてるぜ」
「人間間違えることはある。それを罪だと本人が認めてるんだったら・・・必要以上に責めることなんてしない」
「起こしてしまった事は悔やむことぐらいしかできません。大事なのはこれからどうするか、ですよ」
ハヤト、ヘイナ、シオンの言葉に勇気付けられるような気がルリにはした。
「ルリ、俺たち親友なんだからさ、いつでも頼ってくれよ?」
「ナツキ・・・みんな・・・ありがとう」
一件が収まったということでそれぞれが部屋に何事もなかったかのように戻っていった。ナツキはルリを病人用の個室からホノカと3人で共有していた部屋に連れて行った。

 

ユウギリの部屋には、ユウギリ本人だけが残っていた。
「幻術・・・僕でもわからなかった・・・」
月をぼんやりと眺めながら一人呟いた。
「あの幻術をつくったのは・・・タマだね・・・そしてそれを命じたのは・・・」
考えたくないが認めなければならないことはそこにあった。
「アスカ・・・本気で僕を殺しにかかったんだね・・・そういうことだよね・・・」
否定の答えなんて返ってくるわけない・・・それを知りながらも誰かに否定して欲しい・・そう思いながらその場に座ってしまった。
「アスカ・・・」

 

 日が昇り、ルリは少し気にしているようだったが何事もないように他のメンバーは接していた。翌日にはリズに出立なので、交渉隊のメンバーは準備をし、その他のメンバーは訓練に勤しんでいた。
「師匠・・・」
ワオンの兵士たちが訓練場としている場所に赴き、おずおずとユウギリが声をかけると、1人の男性が振り向いた。
「ユウギリさん、どうしました?」
ユウギリの師であるワオン族長、ショウが優しそうな笑顔を向けながらユウギリに歩み寄った。もう30代半ばだというのに相変わらずの若作りだなとぼんやりユウギリは思った。
「明日はまたリズに行くんです」
「そうですか・・・今度は困難になるでしょうね」
「師匠、お願いがあるんです」
「はい?」
ユウギリは一旦俯き、顔を上げ、意志の強そうな表情を見せた。
「ぼ・・・私にまた稽古をつけてください!」
「それは箏かな?」
「違います!!今箏やってる場合じゃなくて!!」
見た目はかっこいいけど相変わらずの天然か!!などと思いながらユウギリが思わず声をあげる。実際ショウはやや天然だ。
「冗談ですよ、武芸ですね・・・指導するのは棒術と魔術でいいのですか?」
ショウはほんわかした雰囲気とは裏腹に、武術は剣術、棒術、格闘術とこなせる。そして幻術には秀でており、ユウギリにとっては棒術、魔術、幻術、箏の師匠なのである。
「はい、お願いします」
「わかりました、ではついてきてください」
ショウは補佐役にワオンの兵士団をまかせ、ユウギリを連れて、奥の方へと進んでいった。
『アスカは本気なんだ・・・僕も本気でいかないといけない・・・』
決意も新たに、ユウギリはショウの後についていった。


友情という名の信頼、これからの不安、決意が交差していく・・・




      

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