第20章        血と涙に濡れた少女

 

 

「炎よ! 舞え!! 『火炎の舞』!!」

ユウギリの詠唱に応じて真っ赤な炎がタマ率いるヘリオス軍に襲い掛かる。

「土よ・・・・・・我らを守りたまえ・・・・・・『大地の盾』」

タマの静かな詠唱にすばやく反応するが如く土の覆いがヘリオス軍を包み、炎をよけていった。

「くっ・・・・・・」

以前ルリと対峙したときはスピード重視とはいえ風魔法の防御は間に合わなかった。本来スピードには欠けるがユウギリの得意魔法である炎属性の魔法はちょっとやそっとの防御魔法では貫通するものだった。現に今まで完全に防ぎきれたのはショウだけだった。

「氷よ、凍てつく刃となりて我が敵を裂け・・・・・・『氷の刃』」

「炎よ! 我を包み隠したまえ!! 『炎陣』!!」

タマのすばやい魔法に驚きの表情をあらわにしたユウギリが慌てて炎の渦を自分の周りにつくり、氷属性の魔法に対抗する。

「うぐっ!!」

炎に氷の刃は削られたものの、魔力の差か、ユウギリに幾つか傷をつくった。ユウギリの頬、腕、足から血が流れた。

「ユウギリ!!」

「ユウギリ殿!!」

「来るな!! おまえらじゃ傷くらいじゃ済まないぞ!!」

ハヤトとシオンが駆け寄ろうとするがそれをユウギリが凄い剣幕で制する。あまりの迫力に2人ともが止まる。

「タマ・・・・・・自分がしていることは・・・・・・」

「正しいとはいえません。でも間違ってるとも思いません」

ユウギリの問いに、丁寧な物腰は崩さずとも冷酷な響きのある声でタマが答えた。

「アスカのためなのか?」

「そうです」

「これがアスカのために本当になるとでも思うのか?」

「それはわかりません。そういうあなたの行動こそどうなのです?」

タマの言葉に頬から滴り落ちる血を手で乱暴に拭いながらユウギリが彼女を睨んだ。

「アスカがどういう奴だったのか僕は知ってる。こんなこと本来のアスカだったら望まないはずだ。だから止める・・・・・・それがアスカのためだ。僕はそう信じてる!!」

「私とてそれは同じです」

タマの声色に哀愁が漂った気がした。ユウギリはタマの言葉を静かに聞いていた。

「アスカ様はお姉さまの死でボロボロに傷つきました。それはもう立ち直れないほどに・・・・・・」

タマは遠い目をしてリズの蒼い空を見上げた。おそらくアスカに想いを寄せているのだろう。ユウギリには直感的にわかった。

「人は弱いものです。自分を守ることにさえ必死なのです。アスカ様は誰かを恨むことで、誰かを傷つけることでしかもう自分を守ることさえ叶わないのです・・・・・・だからこうして侵略行為とそちらに呼ばれる行為に辿りついたのです」

「そんな一人の感情で多くの人の悲しみを、多くの悲劇を巻き起こしたっていうのかよ!?」

ハヤトが声を荒げてタマに言った。タマは、表情を先程までの冷酷なものに変えるとユウギリ、ハヤトを一瞥し、真っ直ぐ前を向いた。

「私はアスカ様ただお一人のためだけに戦います。私の行動のために幾人が悲しもうが、幾人の命が失われようがかまいません」

「どうしてそんなに酷いことまでして・・・・・・」

ハヤトの問いにタマは彼の方を見ずに口を開いた。

「アスカ様を愛しているから・・・・・・」

周りの騒がしい声がまるで水の中にもぐっているような曇った音で聞こえるようだった。

「アスカ様が私をお姉さまの代わりにしているのはわかっています・・・・・・私を見ていないことだって・・・・・・わかっています。それでも、私はアスカ様を愛しているから、アスカ様のお側にいられるならどんなことだってします。たとえ・・・・・・それが私を悪魔にさせたって!!」

タマの周りに風が舞う。彼女の意思を反映させるかのように・・・・・・。

「何人たりともアスカ様の邪魔はさせません!!」

タマにリズの兵士たちが襲い掛かる。それにも動じないように冷静に右手につけられた武器用の付け爪をかまえると、自分に斬りかかってきた兵士の喉元の動脈部分を的確に切り裂き、血しぶきがあがった。兵士たちの剣での攻撃をひらりと舞いでも舞うように華麗にかわすと、タマの攻撃が静かに決まり、彼女の周りは血の海となった。

「せ! 先生!!」

ハヤトがキタリスを必死に呼ぶ。今明らかにこちら、セレーネ側が不利だった。

「撤退しましょう。はやく!!」

キタリスもキタリスで必死だった。戦況を見極めるも、戦うことは不可能だと察したようだった。

「先生!?」

「今は交渉隊のメンバーそれもフルメンバーではないセレーネ軍とリズ国の兵士しかいません。この状態でヘリオスの精鋭部隊と戦っても無駄死にするだけです!! 軍師として進言させていただきます! ここは撤退すべきです!!」

キタリスが側にいたリズの兵士たちにも話をつけているのがわかった。どうやら後のことを考えた兵士たちだけでも共に撤退しようとしているようだった。

「でも先生・・・・・・」

「今ここにはユウギリ様、ユキ様、サトシ様がいます・・・・・・彼らに何かがあればこちらとしては大きすぎる痛手にもなります。それに私は1人でも多くの命を守りたい。危険すぎる橋を渡らせるわけには参りません。ハヤトくん、君ならわかるはずです」

キタリスの真剣な目に同じく真剣な眼差しで答えるハヤト。ハヤトはユウギリの方を向いた。彼女はまだタマたち精鋭部隊の攻撃から逃れていなかった。

「ユウギリ・・・・・・!!」

ハヤトが駆け出そうとするより早くナイフを片手に構えた青年が風のような速さでユウギリの側に駆けつける。

「ユウギリ殿! はやくこちらへ!!」

ユウギリを狙ったヘリオス兵をナイフで牽制しながら攻撃はせず、ユウギリのもとへシオンが辿りつく。さっと素早くユウギリを抱き上げるとシオンはキタリスたちのもとへ戻ろうと方向転換をした。

「逃がすか!!」

ヘリオス兵の追撃がはじまる。シオンは身体を丸めてユウギリに傷をつけさせないように必死に走った。

「馬鹿! 一人でカッコつけんな!!」

ハヤトが兵士の剣を受け止める。

「ハヤト・・・・・・」

「俺が血路を開く! おまえはユウギリに絶対怪我させるんじゃねえぞ!!」

「恩に着ます」

ハヤトとシオンが血の海のなか、笑顔で頷きあう。サトシの魔法やユキの弓矢攻撃の援護もあって、逃げ道は彼らに開かれていった。

「一時リズを撤退!! セレーネの今後を考える奴は全員俺らについてこい!!」

リズの兵士たちの何人かをハヤトが引き連れリズを撤退する。ヘリオス兵の勢いある追撃はユウギリとサトシの召喚魔法で難を逃れた。

 

 

「リズが・・・・・・」

広場からあがっている炎を見てスイレンが呆然と立ち尽くしていた。

「スイレン・・・・・・」

カインがそっとスイレンの肩をポンッと叩く。それを一瞥してランはエルフの森へと足を戻した。

「おい! 戻るのかよ!?」

「・・・・・・リズが落ちた。僕はエルフの森の警備を強化しないと・・・・・・」

「おい!? それでもおまえ・・・・・・!!」

憤るカインをホノカが制する。

「彼はエルフの長です。彼には森の民を守る義務があります。行かせてあげてください」

ホノカの言葉を聞き、ランは静かに足を進めた。

「ラン族長・・・・・・疑うのも、わかる・・・・・・でも信じることもしてくれ・・・・・・」

カインの言葉を聞いているのかどうかはランの背中を見ているだけではわからなかった。

残された3人に沈黙が流れた。

「カイン!!」

自分を呼ぶ声に敏感にカインが反応した。

「ユキ!! 無事だったか!!」

カインの表情がユキを見た瞬間パアッと明るくなった。ユキを先頭にセレーネ軍交渉隊の面々、リズの兵士たちがやってきた。

「カインたちも無事だな」

ハヤトが安堵に満ちた表情でカインを見た。カインはやや苦笑気味に頷いた。

「勝手な行動してすみません。でも・・・・・・エルフの長が塞ぎこんだ原因はわかりましたから」

「そうか・・・・・・」

互いの無事に安堵するが状況の悪さは変えられず、一同にまた沈黙が流れた。

「とりあえずコロンへ。ルーンには伝令を送りました。コロンで合流してこちらにまた戻ってきましょう」

キタリスの言葉に一同が頷き森に隠していた馬を呼びもどし、リズを離れた。

 

 

 コロンにたどり着いたときには日は沈もうとしていた。故郷が落とされたスイレンは部屋で休む気にはなれず、木陰で夕日をぼんやりと見ていた。

「スイレン、ここにいたか」

「カイン・・・・・・放っておいてよ、今は一人でいたいの!」

「まあ、そう言うな」

カインはスイレンの言葉もお構いなしといったように隣にどかりと腰掛けた。

「・・・・・・あのさぁカイン・・・・・・」

「ん?」

「私、やっぱりランを好きになっちゃいけなかったのかな・・・・・・」

「なんでさ?」

「だって・・・・・・エルフと人間は恋仲になっちゃいけなかったのかなって・・・・・・」

スイレンは沈んでいく夕日に自分の儚い想いを重ねた。

「好きにはなってはいけない人を好きになった罰なのかな・・・・・・」

「好きになっちゃいけない奴なんていないだろ」

カインが何かを振り払うように立ち上がった。

「好きっていうのはさ、自分の思い通りにはコントロールできない厄介な感情でさ、どうにもなんねぇもんなんだよ」

両手をぶらぶらと振りながらカインは夕日の方を向いて話した。

「またこの恋ってやつは最も厄介なわけで、人を天にも昇るほど幸せな気分にもすれば地獄を味わわせるようなものにもなる。人を輝かせもすれば人を残忍な悪魔にも変える」

やや照れくさそうにカインはスイレンを見た。

「だからさ、おまえとランの間に溝をつくっちまう力も持っていたわけだ」

スイレンは言葉を発せずに頷いた。

「あいつもおまえを好きっていう気持ちを持ってる。だけど誇り高いエルフだからかな、認めてないんだろうさ」

カインは時折見せるランの悲しげな顔を思い出した。

「ランも同じこと考えてたのかもしれない・・・・・・でもさ、絶対好きになっちゃいけない奴なんていないよ、いてたまるか」

カインはスイレンに言い聞かせるようにそれでいて自分に言い聞かせるように言った。自分の好きな人を思い浮かべながら。

「だから諦めずにもう1度ランに会おう。わかってくれる。お互いに素直になれれば」

「そうね、そうだよね」

「ああ」

2人は笑顔になった。夕日の所為か2人とも少し照れたように見えた。

「人間でもエルフでも、心がある者同士、わかりあえるさ」

カインは希望をこめて空を見上げた。夕日はあたたかく見えた。

 

 

リズの城。そこはすでにヘリオスの駐屯地とされていた。

「タマ様。ヘリオス本営からの指令です」

「わかりました。下がって結構です」

タマは手紙を預かると兵を下げた。人を何人殺しても表情を変えない軍内でも魔女と恐れられている少女は一人きりになると悲嘆にくれた表情になった。

「アスカ様・・・・・・」

タマは静かに呟くとイスに崩れるように座った。豪奢な部屋は質素を好むタマには落ち着かない場所だった。

「今の私が悪しき魔女で、悪魔なのだとしたら・・・・・・」

悲しげな声は戦場での彼女とは別人のように鏡にうつった。

「あなたと出会ったのが・・・・・・あなたを愛したことが私をそうさせたのかもしれませんね」

タマは鏡に映る自分の姿を悲しい表情であざ笑うと、涙を流した。

 

 

 人の涙は血はとめどなく流れていく・・・・・・




      

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